Oct
28

Book, Other

1巻 始まり

必要のないものを捨てるのはゴミ、必要かもしれないものを捨てるのが断捨離

 

 

くだらない格言がよく閃きますが、お掃除をしていたら懐かしいというか、涙すら込み上げてきそうな物を発見。

 

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ワタクシが初めて働かせていただいたレストランになります。

 

 

かれこれ、13年前。当時、高校2年生だった私は、ものを作るのが小さい頃から好きだったのもあり歯科技工士になろうかと突発的に思い、専門学校の資料まで取り寄せたがなにやら一日中顕微鏡の前に座ってっ作業をするような御職業のよう。すんなり無理だと判断し他の道を探し始める。ただ、サラリーマンではないなぁーなんて考えてたある時テレビでコックコート(コックさんが仕事の時に着るやつ)をきたシェフが料理を作ってる光景が妙に新鮮に脳裏に焼き付き、それからしばらくたってから『うん。料理人になろう』なんてそんな安易な進路決定。じゃあ何をやろうかなぁ〜なんて考え初めここも安易に『イタリア料理』だな。なんて運び。理由や理屈なんかよりも直感が大事。なんて今も思っているのですが・・・。そこからは次のステップ。イタリア料理やるならイタリアに行かないとだめだろうな・・・。本場には本場の良さがある。よし、俺は20歳には必ずイタリアに行こう!なんて行ってもないのに考え始めその足で本屋さんに立ち寄りイタリア語の本を購入したのを今でも鮮明に覚えています。たしかその時が高校2年生の秋。授業中も水を得た魚のごとく勉強にあけくれ(学校の勉強はあまり・・・でしたが。)NHKで年間でイタリア語の本を購入し、ラジオでもヒアリングし、ふと時ががたった時『あっ、イタリア語勉強するのはいいけど料理全然できないや・・・。』なんてことに気がついてしまう。さてさて、どうしようかなーなんて考える前にまず行動。小さいころ父親に連れてってもらったスパゲティー屋さんが家の近くにある!よし、行こう。これが高校2年生の冬。

お店に行ったはいいもののやけに店内が穏やか。おいしかったよね・・・ここ。なんて自問自答しなが昔食べたキノコのクリームスパゲティーを注文。無愛想なマスターが丁寧とはいえない振る舞いでスプーンとフォークを置いてくれる。のちの私の恩師と呼べる人となるのだが。さてさて、15分もすると注文したスパゲティーが到着。熱々に仕上げられたパスタから湯気がふんわり、クリームとキノコが絡み合いそれがスパゲティーと馴染んでいる。食べなくてもおいしいのはすでに伝わっていたと思う。まぁ、お金を払うのでもちろん食べるんですが。くるくるフォークに絡ませ口のなかにいれるやいなや『よし、ここだ』と。数分で一気に完食しあとは時を待つだけ。冊子を読んでるマスターが本を置いたと同時に

 

「ごちそうさまでした、ほんとおいしかったです。・・・・・・ここで働かせてください。無給で結構です。」

 

 

「やっ、うちは今人を雇ってないから」

 

 

「やっ、給料いらないですしなんでもやります」

 

 

「・・・・・・」

 

 

喰いさがるわけにはいかない。というか、末っ子だったのもこうじて要領がすごくよかったと思う。断らないせない術というか相手の出方をみて行動するというか・・・。

 

 

「じゃあ、来てもいいけどうちは暇だからほんとにすることないぞ。いつから来れるんだ?」

 

「明日学校が終わったらすぐきます」

 

 

とそんな次第で料理人をスタートさせることに。余談なんですがこのお店の名前が「Angelo(アンジェロ)」何年か経ってから知ったのですが天使という意味。私の誕生日が10月4日(天使の日)なんて一人で運命だ!なんて興奮した日もありました。そして、17歳の冬料理人のスタートをきったのです。エプロン、メモ、ペンと軽装で颯爽とレストランに向かい扉を開けると相変わらず雑誌を読みながら横目で

 

「きたのか?」

 

なんて感じ。とりあえず、エプロンを羽織軽く店内を案内してもらう。「汚い。散らかってる」が第一印象。こんなとこであんなおいしいスパゲッティーよく作れるなぁーなんて思いながらも相手の話が終わったのを見計らい、

 

「えっと、掃除します!」

 

という具合。お客さんもこないし自分ができることはそれぐらいだろと思いとりあえず掃除をした。家が散らかってるのとはわけが違って長年ついた油汚れに悪戦苦闘。専用の洗剤もなければ片したものをしまう場所すら散らかってる。ゼロから綺麗にするしかないな。と、そのあと聞いたのだが独り身らしくしばらく人も雇ってなかったということ。そこにお客さんが来ないとなればまぁ散らかしっぱなしになるだろうな。めげることなく淡々とこなしていくと、掃除というものは正直なものでやったぶんだけ綺麗になる。当たり前なんですが、仕事となるとそれが結果になるので実に楽しいしやりがいを感じてました。で、自画自賛してるところで

 

「給料は払えないけど賄いは食べさせてやる。メニューの上から下まで来るたびに一つずつ作ってやるから全部食べたら今度は自分で全部作ってみろ」

 

と。で、最初に作って貰ったのが忘れもしない「ヴォンゴレ ビアンコ」簡単にいうとアサリだけのシンプルなパスタ。一口、口に入れた時、笑いました。それ以上はないです。うまいっていうより先に顔中の筋肉がほころぶ。今思えばこれが料理人に本当になろうとした原点だと思います。人を笑かそう。13年料理人をやってきてどれだけの人を笑わして来れただろうか・・・。

マスターは、来る日も来る日も最高にうまいパスタを作ってくれ私もそれに答えるべく掃除に磨きをかけた。学校の休みの日は、ホームセンターまでペンキを買いに行き外装、内装ともに塗り上げた。内装の天井はペンキがなくなったのでもともとの黒を活かして白のペンキを塗りチェス盤のように仕上げた。17歳にしてはなかなかいいセンスをしていたと思う。真冬の寒い中ビラ配りにも精をだし、店の看板も作り替えたりと、やぁ〜料理なんてほんとなにも教わらなかったなと今更実感。ただ、努力に勝るのは夢中であってとにかくすべてが楽しかったし、

早くシェフになりたかった、早く大人に成り立ったかった、早く一人前と呼ばれるようになりたかった。原動力はほんとここだったと思います。賄いの時はいつもマスターの昔話に花がさき、一語一句聞き逃さないぞと意気込んでいたものです。そんなある日、イタリアに修行にいっていた後輩を知っていると・・・電話して向こうで`働けるか聞いてやろうかと・・・まさに、望んでたことが働き初めて2ヶ月もしない間に現実になるとは心にも思ってなかったしほんとラッキーと胸を弾ませたものです。神様っているんだなぁーなんてしみじみ思いながらさらに話を進めていくと数ヶ月前にここにきたとのこと、その時携帯電話の連絡先を聞いたのこと。善は急げ!昔の人は言ったものです。さっそく連絡して頂けるようにお願いしたところ今晩はもう遅いから明日電話しといてやると。21時くらいならまだ平気じゃないか・・・なんて思ったが急がば回れと先人たち言っていたのを思い出し、その日は残りの仕事をこなしおいしいスパゲッティーをたいらげ家路に。今でも覚えているが17年生きてきた中で一番興奮していのではないかと思う。

 

 

つづく

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